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九龍城砦 ~「東洋の魔窟」と呼ばれた高層スラム~

1993年から1994年に取り壊しが決定し実行されてから多くの時間が流れ風化してしまい人々の記憶から無くなりそうですが、 私の中では鮮烈なイメージとして心に焼き付いています。


九龍城 九龍城
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勘違いだらけの「九龍城」

はじめ、九龍城に関してのイメージは悪いものばかりでしたが
調べれば、調べる程に
その考え方は消えていきました。

そこには、人々のリアルなまでの生活があり
職場と住まいと地域が渾然一体となって群れをなし
子供が産まれ、育ち、家族が増えていく。
都会の中なのに農村の人のような近所付き合いの連帯感があり
普通の人が普通に生活している場所。

つまり
高密度に凝縮された自然体のコミュニティであった・・・
今ではそう思えるのです。

九龍城の特徴

税金を払わなくても済んでしまう
開業届や衛生管理などの手続きをしなくても済んでしまう
不動産売買も簡単手続き
家賃と物価が異常に安い
エレベーターが2ヶ所しかない
井戸水を各家庭まで引っ張っていたが飲用としては使えない
水道が8ヶ所しかない(最多の時期で)
取り壊しの際には住民に補償金が支払われた
ピーク時に合計で3万3千人の住人
敷地の大きさは約100×200メートル
建物の最高階数14階
階高はバラバラ
建物を建てる際に杭打ちをしない
建物が寄り合う事でバランスをとっている

生活環境は劣悪のものだったようです。
1.ゴミ問題
2.水道・電気設備
日常生活の問題は大きくこの2点です。

法が及ばないからといって、人々は何でもやりたい放題であったか?
そうではないようです。
住まう人は一般的な常識をもち生活を営んでいました。

九龍城が魔窟と呼ばれた理由

秘密結社の存在
麻薬の横行
賭博
売春宿の存在
法律の縛りがきかない

上記の理由よいりも、一番大きな理由は
得体が知れない、だれも把握できていないというような
「知識のないものへ抱く恐怖」が一番ではなかったのではと思います。
政府でさえ、何人の人が暮らしているのかを
最後の最後でしか把握していなかったのです。

確かによそ者は受け付けなかったようですが
九龍城全体が、一つのプライベート空間化していた現状があり
よそ者を受け付けないのは当然
日本のマンションにおいても
集合エントランスにオートロックがある理由と同じです。

上記の麻薬などは、どこの国でも問題の事項であり、
許されるわけではありませんが
別に、九龍城内に限る問題ではないのです。

人々が恐れをなし、スラムの塊としか思われず
白い目で見られていた事は確かのようですが
現実を直視すれば
人々が望んで形になったものでしかなく
理想形がそこにはあったのではないかと
思わざるをえないのです。

九龍城の本

九龍城がまだ存在していた当時のリアルな写真は、無くなった現代においてとてもエキサイティングです。

歴史的な資料

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九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城 九龍城

現在は綺麗に造成されて、九龍寨城公園(Kowloon Walled City Park)となっています。